2018年07月31日

 私事で恐縮ですが、大学生の頃、タイでの教会建築のボランティア活動に参加したことがあります。

約3週間のタイでのボランティア活動と生活は、忘れることのできない貴重な思い出です。

タイでの生活で一番といっていいほど大切だったものは「水」でした。

私たちは毎日、井戸水を沸騰させ、飲み水にしたり、食事を作るために使っていました。

家の中や外には大きな水を入れる「かめ」が置いてあり、少なくなっていることに気づいた人が水をつぎ足すことになっていました。

 ある日のこと、子供たち数名が水を入れたバケツを持って私たちが宿泊していた家に向かってくるのが見えました。

はじめは、いったいなぜ水を持ってきたのかわかりませんでしたが、しばらくして、その子供たちが家の「かめ」に水を入れている

のを見て、ハッとしました。本当ならば、私たちが少なくなった「かめ」に水を入れなければならなかったところを、私たちよりも

先に気づいた子供たちが、水を汲んできてくれたのです。しかも、その子供たちの顔はみんな笑顔で輝いていました。

水汲みの作業は大人でも決して簡単とは言えない作業です。ましてや、子供にとっては、水が入ったバケツを持って歩くという

ことは本当に大変な作業だったと思います。

 あの日、私たちは子供たちが示してくれた優しさに感動で胸が熱くなったと同時に、恥ずかしい思いになりました。

聖書の中に、次のような言葉があります。

「私たちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。」 ヨハネの第一の手紙 3章18節(新約聖書)

私は、水汲みをしてくれた子供たちの優しさと笑顔を思い出すたびに、愛を言葉だけではなく、表情や行動を通してあらわすことの大切さを強く感じます。

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