2012年09月21日

『2:1幾日かたって、イエスがまたカペナウムにお帰りになったとき、家におられるといううわさが立ったので、2:2多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。2:3 すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。2:4ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。2:5イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。 』 マルコによる福音書2:1-5

によるにる」」』 

 

 この話にとても慰められます。それは、イエス様がこの中風の人を癒されたのは、「本人の信仰が立派だったからではない」という点です。本人のことは全く関係ないように見えます。ただ友人四人の熱心さ、体の不自由な中風の友を救いたいという思い。そして、「イエス様に見てもらえさえすれば何とかして下さる」という純粋な信仰を見ておられました。

 

神学者のボンヘッファーは語っています。「私たちは、他のクリスチャンの助けを必要とします。もし必要ないというなら、その人はクリスチャンではありません。」

 

これは、まだ神様を受け入れていない私たちの家族や、大切な人たちにも言えることです。その人たちが神様を受け入れていないことで私たちは思い悩みます。しかし、イエス様がその人のためにまず祈って下さり、見守っておられます。そして私たちが「四人の友人」のように主に求めるとき、神様の力が臨みます。パウロとシラスはこう宣言しました。

 

「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます 。」

 

教会は、失敗できない社会の中で唯一、ホッと一息つける場所です。ありのままの姿で受け入れられる場所です。そして罪そのものを十字架で帳消しにして下さった「真の友イエス・キリスト」だからこそ、私たちは彼の前で本当の意味で心安らかに生きることができるのです。あなたも、そのような心安らかな生き方をしてみたいと思いませんか。

 

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